2020年3月10日火曜日

花露 HANATSUYU /2019


作品名:  花露
Title:  HANATSUYU 
2019
Technic:2.25D Painting

花露は、僕の新技法・2.25Dペインティングを使った絵画作品。グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)へのオマージュもこめて制作しました。


#225dpainting  #riusukefukahori  #goldfish






深堀隆介
Riusuke Fukahori





2020年2月22日土曜日

比較!作品の委任状 過去のと今の



僕は、作品に委任状となる通称:書を必ず入れるようにしています。


書は半紙に墨で作品名、委任文、名前、サイン、そして金魚の絵を書いたものです。ちなみに金魚絵があるものは金魚酒一合升から上のものに限っています。


これの2010年のものが出てきたので、今のものと並べてみました。2つの間には十年の歳月が経っています。

この10年の間には数え切れないほど書を僕は書いています。そのためか、書き方や字の特徴、金魚の絵に至るまで随分進化していました。

自分ではいつも同じ感覚で書いているのですが、こうしてみると人間ってずっとやってると徐々に変わっていくことに改めて気付かされました。


ちなみに、この書を書き始めたのは、2005〜6年ごろかと思います。当初は、全ての作品にではなく、自分が気に入った大きめの作品にだけ付けていたのだけど、いつ頃からか全てに書くようになりました。

あと、昔は墨汁を使っていたけど、今は、紅花墨や青墨を擦って作っています。


文章はこのようになっています。


  命名 〇〇 

    この度は私の金魚(たち)を
    お引き受けくださり
    誠にありがとうございました。
    この子(たち)には餌もブクブクも
    いりません。いるのはあなたの
    愛情だけです。
    どうか末永(長)く可愛
    がってあげて下さい。

        深堀隆介 印 花押 英サイン


となります。字はとても汚いのですが、楽しんで書いてます。

この書は、作品とともにとても大事にしているものです。作品をお持ちの方は、無くさないようにお願いしますね。



深堀隆介
Riusuke Fukahori











 

2020年2月16日日曜日

金魚園の水換え




最近、暖かくなってきたから思い切ってアトリエの金魚園の水換えをしました。

冬は水換えをほとんどしないので、青苔がたくさん生えます。青苔は秋頃から生えてくるのですが、金魚にとっては栄養になるそうで、餌を与えない冬場は生やした方がいいと僕は思っています。

でも、水換えすると金魚たちも嬉しそうです。人間と一緒ですね。狭い部屋にずっといたら息苦しいですもんね。窓を開けて空気換えをすると気持ちいいでしょ。同じです。





弥富の深見養魚場さんの金魚たちも元気です。これから餌をやってガンガン大きくしてみたいと思います。


そうそう、福島の藤田養魚さんの錦鯉、とうとう45cm近くに到達してしまいました。(^_^;)

来た頃は、20cmもない小さな鯉だったんだけども・・・・元気です。


これからも水槽など無理しない程度(管理できる程度)に増やして、金魚を飼っていきたいと思います。



深堀










2019年11月28日木曜日

今日の机 Today at my work desk


Today at my work desk/28th Nov. 2019
今日の机/2019年11月28日

 青水の作品に挑戦中。 樹脂にうっすらと緑色をのせているため、積層していくたび、だんだん下の層の金魚が緑でボヤけてきて、いい感じになってきた。これからもっと全体が緑色になると思う。楽しみだなぁ。そうそうもちろん藻も描いていますよ〜。

今回の水槽に使ったもの:キッコーマン醤油のアンティークの木箱(字が右書きのことから明治〜戦前のものと推定される。印字色も残っていて上蓋もあり)



制作前


3層目くらい



深堀隆介
Riusuke Fukahori












2019年11月13日水曜日

初めての巡回展を終えて


美術館での初個展だった「平成しんちう屋」展が無事終了した。


巡回した地は、平塚市美術館(神奈川県)−刈谷市美術館(愛知県)− 宮﨑アートセンター(宮崎県)−佐野美術館(静岡県)−東根市まなびあテラス(山形県)
全5会場となった。


苦労したこと楽しかったことなど、本当に数え切れないほどあった展覧会だったし、僕のキャリアの中でも大きな経験となった。 

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美術館という存在が、今まで感じてきたものとは大きく変わった。
自分が今まで個展してきた画廊やギャラリーなどは、作品が売れることに重点をおきがちになっていたが、美術館は、売り上げ関係なしのピュアな感性のみをぶつけることのできる唯一の空間・場だということがわかった。

脳裏に「若かった頃のように純粋な表現を追求せよ!」と何者かが僕を叱咤する。

売れなくてもいい、僕の作りたい作品だけを作りたい!展示したい!

しかし、なかなかギャラリーではこうはいかない。やはり、大人の事情があって、搬入費、人件費などギャラリー側が支払わなければならないため、売り上げがなければならない。

ギャラリーで展示している以上、作品は商品でもある。



でも僕は、これがいけないとは思わない。皆が素晴らしい!芸術だ!と言っているルネサンスなどの絵画は全てお金のために描かれたと言っても過言ではないし、画家が自分の内面を作品中に表現するようになったのは、近現代に入ってからだろう。今の“アーティスト”という概念は、きっとピカソ以降登場したものだろう。

昔の画家の方が「お仕事」として明確だったように思う。


しかし、しかしだ、作家というものは、皆、売るためだけに制作しているのではない。暮らしは大切だし、売れなきゃ一家が路頭に迷う。でも、真に追い求めるピュアな感性、内から湧き出てくるパッションを作品で表現したい。そう思うのが作家だろう。

そうやってできた作品を展示できる場が美術館であってほしい。


ともあれ、今の美術館という存在は、アーティストたちが自分たちのピュアな感性を表現する場として、そしてそれらを芸術として認め広める役目があるように思う。作家の援助も伴うと、なお素晴らしいのだが。


先頃のあいちトリエンナーレでの「少女像」の撤去や、文化庁による助成金差し止めなど、本当にやめてほしい。アーティストの意図などをちゃんと理解し、圧力を受けることなく展示できる空間が美術館であってほしい。



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最後に、平成しんちう屋展で各地を回って、本当に楽しかったです。その土地土地の美味しい郷土料理もご馳走になったし、いろんな人々に会えて、僕は本当に幸せでした。







まだまだ制作で悩んだり、戸惑ったりしていますが、これからも這いつくばってでも頑張りたいと思います。



来年も展示が色々詰まっています。ご期待ください。





深堀隆介
Riusuke Fukahori












2019年10月2日水曜日

交通事故に・・・



先日🚗車で走行中、交通事故にあってしまった。
僕が本線を走行していると、わき道から車が飛び出してきて当てられてしまった。
愛車のフロント部分は凹んでしまい、衝撃も大きかったんですが、幸い僕も妻も怪我はありませんでした。

しかし利き手である右手をハンドルで強く打ってしまい、まだ少し痛いです。それよりも、打ち身のせいで手が微妙に震えてしまい、うまく絵が描けない。
特に細密な表現がまだできない状態😣。本当に僕にとって手は大事なんだと痛感した。 手の保険とかないかな〜

現在整形外科にて治療中で回復傾向にはありますので、どうかご心配なく。
皆さんも安全運転でお気を付け下さいね。




深堀隆介
Ryusuke Fukahori




2019年9月13日金曜日

104歳の長崎の祖母逝く。




9月9日、寝たきりだった長崎の祖母が亡くなった。104歳だった。

100歳を超えて本当に長生きした祖母だった。


祖母は、自宅に茶室を作り、お茶のお点前を教える先生をしていた。


子供の頃のある日、長崎の祖父母の家に行ったとき茶室に忍び込んで、偶然そこに置いてあった「茶碗」という分厚い本をみて衝撃を受けた。そこには国宝の名碗などが写真とともに解説がしてあるのだが、本当に美しい茶碗ばかりで、特に最初にある曜変天目茶碗には心を奪われた。この日、完全に茶碗の世界に引きずり込まれた。

それ以来、行くたびに茶室に忍び込んで、たくさんのお茶碗を眺めるのが好きになった。


※あの本は、有名な本みたいで、いろんなところで見る機会があったので、きっと「茶碗」という題名を探せばそれしかないと思う。



そんな祖母だから、お茶を毎日飲んでいた。そのせいかもしれないが104歳という長寿になったのかもしれない。お茶は体にいいんだろうね。カテキンとか。




本当に優しい祖母だった。会うたびに必ず抹茶をたててくれた。

たまに会うからこそ気づくんだけど、80歳を過ぎた頃から抹茶の中に玉や、味にムラができだした。本人は同じようにたてていると思っていうんだろうけど、だんだん老いが進んでいることを僕は感じていた。でもたててくれる心が嬉しくて「おいしい」と言って飲んでいた。


そのうち、抹茶を点てることができなくなった。


意識があるうちに長崎に行ってお茶をたてて貰えば良かったと後悔している。


ちょうど、展覧会の搬入が終わったところだったから、葬儀に向かった。

20年ぶりの長崎だった。


駅前や街の様子はすっかり変わっていた。






深堀隆介
Riusuke Fukahori