2019年11月13日水曜日

初めての巡回展を終えて


美術館での初個展だった「平成しんちう屋」展が無事終了した。


巡回した地は、平塚市美術館(神奈川県)−刈谷市美術館(愛知県)− 宮﨑アートセンター(宮崎県)−佐野美術館(静岡県)−東根市まなびあテラス(山形県)
全5会場となった。


苦労したこと楽しかったことなど、本当に数え切れないほどあった展覧会だったし、僕のキャリアの中でも大きな経験となった。 

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美術館という存在が、今まで感じてきたものとは大きく変わった。
自分が今まで個展してきた画廊やギャラリーなどは、作品が売れることに重点をおきがちになっていたが、美術館は、売り上げ関係なしのピュアな感性のみをぶつけることのできる唯一の空間・場だということがわかった。

脳裏に「若かった頃のように純粋な表現を追求せよ!」と何者かが僕を叱咤する。

売れなくてもいい、僕の作りたい作品だけを作りたい!展示したい!

しかし、なかなかギャラリーではこうはいかない。やはり、大人の事情があって、搬入費、人件費などギャラリー側が支払わなければならないため、売り上げがなければならない。

ギャラリーで展示している以上、作品は商品でもある。



でも僕は、これがいけないとは思わない。皆が素晴らしい!芸術だ!と言っているルネサンスなどの絵画は全てお金のために描かれたと言っても過言ではないし、画家が自分の内面を作品中に表現するようになったのは、近現代に入ってからだろう。今の“アーティスト”という概念は、きっとピカソ以降登場したものだろう。

昔の画家の方が「お仕事」として明確だったように思う。


しかし、しかしだ、作家というものは、皆、売るためだけに制作しているのではない。暮らしは大切だし、売れなきゃ一家が路頭に迷う。でも、真に追い求めるピュアな感性、内から湧き出てくるパッションを作品で表現したい。そう思うのが作家だろう。

そうやってできた作品を展示できる場が美術館であってほしい。


ともあれ、今の美術館という存在は、アーティストたちが自分たちのピュアな感性を表現する場として、そしてそれらを芸術として認め広める役目があるように思う。作家の援助も伴うと、なお素晴らしいのだが。


先頃のあいちトリエンナーレでの「少女像」の撤去や、文化庁による助成金差し止めなど、本当にやめてほしい。アーティストの意図などをちゃんと理解し、圧力を受けることなく展示できる空間が美術館であってほしい。



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最後に、平成しんちう屋展で各地を回って、本当に楽しかったです。その土地土地の美味しい郷土料理もご馳走になったし、いろんな人々に会えて、僕は本当に幸せでした。







まだまだ制作で悩んだり、戸惑ったりしていますが、これからも這いつくばってでも頑張りたいと思います。



来年も展示が色々詰まっています。ご期待ください。





深堀隆介
Riusuke Fukahori












2019年10月2日水曜日

交通事故に・・・



先日🚗車で走行中、交通事故にあってしまった。
僕が本線を走行していると、わき道から車が飛び出してきて当てられてしまった。
愛車のフロント部分は凹んでしまい、衝撃も大きかったんですが、幸い僕も妻も怪我はありませんでした。

しかし利き手である右手をハンドルで強く打ってしまい、まだ少し痛いです。それよりも、打ち身のせいで手が微妙に震えてしまい、うまく絵が描けない。
特に細密な表現がまだできない状態😣。本当に僕にとって手は大事なんだと痛感した。 手の保険とかないかな〜

現在整形外科にて治療中で回復傾向にはありますので、どうかご心配なく。
皆さんも安全運転でお気を付け下さいね。




深堀隆介
Ryusuke Fukahori




2019年9月13日金曜日

104歳の長崎の祖母逝く。




9月9日、寝たきりだった長崎の祖母が亡くなった。104歳だった。

100歳を超えて本当に長生きした祖母だった。


祖母は、自宅に茶室を作り、お茶のお点前を教える先生をしていた。


子供の頃のある日、長崎の祖父母の家に行ったとき茶室に忍び込んで、偶然そこに置いてあった「茶碗」という分厚い本をみて衝撃を受けた。そこには国宝の名碗などが写真とともに解説がしてあるのだが、本当に美しい茶碗ばかりで、特に最初にある曜変天目茶碗には心を奪われた。この日、完全に茶碗の世界に引きずり込まれた。

それ以来、行くたびに茶室に忍び込んで、たくさんのお茶碗を眺めるのが好きになった。


※あの本は、有名な本みたいで、いろんなところで見る機会があったので、きっと「茶碗」という題名を探せばそれしかないと思う。



そんな祖母だから、お茶を毎日飲んでいた。そのせいかもしれないが104歳という長寿になったのかもしれない。お茶は体にいいんだろうね。カテキンとか。




本当に優しい祖母だった。会うたびに必ず抹茶をたててくれた。

たまに会うからこそ気づくんだけど、80歳を過ぎた頃から抹茶の中に玉や、味にムラができだした。本人は同じようにたてていると思っていうんだろうけど、だんだん老いが進んでいることを僕は感じていた。でもたててくれる心が嬉しくて「おいしい」と言って飲んでいた。


そのうち、抹茶を点てることができなくなった。


意識があるうちに長崎に行ってお茶をたてて貰えば良かったと後悔している。


ちょうど、展覧会の搬入が終わったところだったから、葬儀に向かった。

20年ぶりの長崎だった。


駅前や街の様子はすっかり変わっていた。






深堀隆介
Riusuke Fukahori










2019年9月4日水曜日

お次は山形に初巡回です!平成しんちう屋〜行商編〜



山形の皆様!!
初の山形での個展です!お近くの方はぜひお越しください!!
9月7日(土曜)初日は、作品集・グッズなどへのサイン会あります!!



巡回展  「平成しんちう屋 〜行商編〜」

会期:2019年 9月7日〜10月20日まで
場所:山形県東根市 まなびあテラス 市民ギャラリー(東根市美術館)

サイト→https://www.manabiaterrace.jp/event/art-gallery/fukahoririusuke/




深堀隆介
Ryusuke Fukahori










2019年8月31日土曜日

あと2日で三島市の平成しんちう屋も終了です!!



あと2日で三島市の平成しんちう屋も終了です!!
マジです!!終了です!!お願いします!!(≧∀≦)


場所:静岡県三島市 佐野美術館「平成しんちう屋〜行商編〜」〜9月1日まで



#佐野美術館 


深堀隆介
Ryusuke Fukahori




2019年8月30日金曜日

大和郡山金魚すくい大会でライブペインティング!!



大和郡山市で毎年開催される「全国金魚すくい選手権大会」

今年は第25回目となり、世界選手権に変わりました。


そしてこの度、この大会からライブペインティング(以後ライぺ)をするため大和郡山を訪問しました。

 【開会式】特設ステージで紹介を受ける。司会進行はあのタージンさん!嬉しい!

今回のライぺすることになった経緯は、去年熊本県長洲町で開催された「金魚サミット(※1)のフィナーレで僕がライぺをした際に、そこにおいでになった大和郡山の上田清市長がご覧になり、懇親会で僕と金魚のお話で盛り上がりまして、そこで今回の出演が決まりました。

(※1)日本の金魚3大産地、奈良県大和郡山市、愛知県弥富市、熊本県長洲町が集まり金魚文化を守り広める交流イベント。持ち回りで各地で開催された。


でも、今回描いたことで、弥富長洲大和郡山と三大産地に僕の金魚が泳いだことになりました!やったね〜!🤗  でも最初に描いたのは、東京本郷の金魚坂さんだから、今は少なくなってしまった江戸東京の産地にも泳いだことになるんじゃない?そう考えてもいいよね?ねっ?😆


今回のコスチュームは、藻のお面をした「藻マン」。ステージ裏で待つ姿は相当怪しかったみたいで、みんなに見て見ぬ振りをされました。最初にこれでステージに立った時は、タージンさんも失笑気味・・・😓でもいいんじゃい!  次何か考えよう。


しかしそんな藻マン、ステージに登場後1分も経たないでお面のゴムがパチン!と外れ、顔が露わになり終了〜。でも逆にそのおかげで、心に深い傷を残すことにならなったのかもしれん!おお怖〜。


で、今回は会場となった多目的体育館の中央に直径4m弱の大きな和紙を設置して、そこにライぺをしました。なぜ円形かというと、金魚すくいのポイに見立てているわけです、はい。


ここに描き始めて、金魚すくい選手権の午後の部の競技も同時にスタート!

 まずは、今回自作した特製の和金専用筆で和金の群れを描きました。これ結構楽しかった。 和金の群れが泳ぎます。

でもたくさんの人が周りで見守ってくれていて、良かったです。想像では会場の皆さんは競技に専念して、僕だけポツンと描くことになるんじゃないかと心配してましたから。

時々、リポーターのやのパンさんにいじられながら楽しく描かせてもらいました。

本当に楽しかった😊


 


和金の後は、大きな金魚を描きます。今回は時間があると余裕で描いていたら、結構なくなってしまったので、「こりゃいかん!」と急ピッチで仕上げていきます。



真俯瞰カメラの映像がステージに映される

今回は、音響などを担当する(株)TACの皆さんが真上からのカメラを天井につけてくださって、会場のお客さんはステージのモニターから絵が出来上がっていく様子を見ることができました。僕も時々大きさ確認などしました。これも良かったです!


で、約40分後、最後の仕上げです。ここだけは競技をストップしていただき、音楽を特別にかけました。今回も 斉藤尋己さんのピアノ音楽を使わせていただき、会場の雰囲気がグッと変わりました。



「うおおりぃぃゃゃ〜〜〜〜!!」



完成!!






大会最後に、上田市長、タージンさんを中心に絵の周りに集まっての入賞者たち出演者全員で記念撮影!
本当に楽しく、また勉強になった大和郡山のライぺでした。皆様ありがとうございました。



そうそう、うちの子供達スタッフの旦那さんも金魚すくいに挑戦しましたが、やはり難しかったようで、開催前「優勝するわ!」とナメきっていたうちの子は、全く掬えずマジ泣き。
60匹以上すくう人たちがどれほど凄いかわかったようです。社会勉強したね。







近くで見るとこんな感じ


「ありがとうございました!!」





深堀隆介
Riusuke Fukahori










2019年5月15日水曜日

京マチ子さん逝去

映画「羅生門」1950年の京マチ子さん 


戦後を代表する大女優・京マチ子さんが亡くなった。


昨日ニュースで知った。


京マチ子さんをそんなに知っていたわけではなかったが、学生時代に黒澤映画の羅生門で拝見していた。


その時の遠い記憶に「すごい演技の女性」という印象だけが残っていて、名前までは覚えていなかった。


それが20年以上経った去年、ふと「羅生門」をもう一回見ようとネットで鑑賞してみたところ、三船敏郎ももちろんよかったが、特に主演女優の演技力に圧倒された。


僕は、「あ!そうだ、昔見たときこの女性すごかったんだ」ということを思い出した。


羅生門の演技は、本当に戦後を感じさせない現代的な演技で、この女優の引き出しの多さと底知れぬ力強さを感じるものでした。


すかさずネットで検索し、京マチ子という名前だと知ったのでした。


僕の親ぐらいの世代の人には、京マチ子さんは知っていて当然かも知れないが、子供だった自分らにとって京マチ子さんは、テレビにあまり出てこなかった映画中心の女優さんでしたので、知ることがなかった。


でも、40を過ぎ、羅生門をもう一度見た時、若い頃には感じ得なかったその演技の奥深さ、さらに色褪せない新鮮ささえも感じたことは嘘ではありません。

その演技からいろんなことを学びました。



 天国で映画仲間と再会し映画話に花を咲かせて楽しくお過ごしください。ありがとうございました。






深堀隆介