先日、「橘小夢の「水魔」いう絵が反対なのではないか?」という疑問をぶつけましたが、それを見極めるために弥生美術館へ行ってきました。
結論から言うと、あの絵は反対ではなくあの状態が正解だ、ということです。
実はあの絵の肉筆画は、すでに紛失してしまっているとのこと。現在残っているプロセス版(印刷)のものが展覧会でも飾ってありました。印刷物ということもあって不鮮明なところが多く、展示品を見ても分かりにくい箇所がいくつかありました。
そのせいで、テレビなどでは余計に「藻がどう生えているのか」とか、「印章がどうなっているのか」そこらへんがよくわからなかった訳です。
しかし、間近でよく見れば、藻はたしかに底と思われる場所から生えているように描かれているし、印章も上下がしっかりと明記されていました。
思うに、あの渦は底に写った水面の渦の影か、あるいは、水底の泥がさらに渦を巻き、あの美女を底なし沼へ引きずり込もうとしている様にもみえました。
会場には、その絵の横に数年後に色紙に描いたとされる同じ構図の「水魔」の肉筆画が飾られてありました。
それを見れば、はっきりと藻が底から生え、印章の文字が読み取れました。
しかし、一点だけ気になることがありました。それは、その数年後に描かれた水魔の絵と本編に使われた水魔の絵が、まるで別人が描いたように思えるくらいタッチが違ったことです。新しく描かれた色紙の水魔の絵には、あの美女の妖艶な魅力があまり感じなかったのです。
ん〜考えすぎかもしれませんが、まぁこの事案はこの辺にしておきます。
それにしても橘小夢の展覧会は良かった。 本当に素晴らしかった。
特に僕のお気に入りは晩年の花魁を描いた屏風絵
「地獄太夫」です。
※弥生美術館HPより「地獄太夫」部分抜粋
彼の絵は晩年になればなるほど切れ味が増し、僕は晩年の作品に完全に斬られました・・・
チラシや作品集にもこの絵は掲載されていましたが、どれも実物の持つ迫力や魅力を捉えることができていません。僕は、この作品をずっと眺めていました。
晩年の小夢は、挿絵という注文絵画を辞め、子どもたちのために自発的に描いたそうで、その事もこの絵の魅力に繋がるのかもしれません。彼そのものの濃厚な作品という印象でした。
深堀隆介
Riusuke Fukahori
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