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2023年6月15日木曜日

ポーラ美術館:シン・ジャパニーズ・ペインティング展に参加します。



ポーラ美術館から今度参加する展覧会のチラシが届いた。


僕は日本画家ではないですが、オファーがあったのは、担当学芸員さん曰く、


「この展覧会は、いわゆる伝統的な日本画を取り上げるものではない」とのこと。


こんな私を拾って下さり嬉しい限りです。


出品作家は、横山大観や菱田春草から若手現代作家まで様々。

ご一緒できるだけで光栄です。

是非、箱根温泉とご一緒にお楽しみください。



シン・ジャパニーズ・ペインティング[革新の日本画]展

7/15~12/3まで


出品作家一覧

横山大観、菱田春草、下村観山、浅井忠、川村清雄、田村宗立、

菊池契月、小杉放菴(未醒)、冨田渓仙、岡田三郎助、岸田劉生、

藤田嗣治(レオナール・フジタ)、松岡映丘、山本丘人、髙山辰雄、

東山魁夷、杉山寧、加山又造、今井俊満、堂本尚郎、山本太郎、

谷保玲奈、久松知子、春原直人、三瀬夏之介、荒井経、

マコトフジムラ、野口哲哉、深堀隆介、山本基、天野喜孝、

李禹煥、蔡國強、杉本博司


ポーラ美術館

〒250-0631

神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
Google Map

TEL 0460-84-2111
9:00AM—5:00PM(入館は午後4時30分まで)
年中無休(展示替えのため臨時休館あり)




深堀隆介

Riusuke Fukahori

#ポーラ美術館 #シンジャパニーズペインティング #深堀隆介




2023年6月6日火曜日

ジャーナリスト・笠井千晶さんのご著書



 ジャーナリストの笠井千晶さんからご著書が届きました📕。


笠井さんは、東日本大震災直後から福島に何度も何度も通い続け、原発や福島の現状をずっと取材している凄い人。


笠井さんとは、僕が震災の2年後の3月11日に、被災された南相馬市の上野敬幸さんの旧自宅でライブペインティング行った時に、初めてお会いしました。


その頃は、笠井さんは名古屋に住んでいらしたので、故郷の名古屋話しで盛り上がったのを覚えています。


震災から12年経った今も、彼女はほぼ毎月福島へ自費で通っているそうです。本当に笠井さんのバイタリティには脱帽です。


震災直後にあんなに来ていたテレビ局も今はほとんど来なくなって、福島のことは忘れ去られようとしていますが、まだまだ原発問題や帰還困難区域の問題などたくさんの問題が解決できていません。


笠井さんが取材されている沢山の取材映像が、これからさらに貴重なものになっていくと思います。



時間がある時に、ゆっくり読ませていただきます。

感謝。




#深堀隆介

#Riusuke Fukahori



#笠井千晶 #家族写真  #福島 #東日本大震災 #津波







2023年5月30日火曜日

空山基展に行ってきました。

 


NANZUKA UNDERGROUND で開催されていた空山基展に行ってきました。

セクシーロボが有名な絵描きなのですが、僕も若かりし頃に、空山さんの画集を見て衝撃を受けた一人です。



今回の展覧会では、彼の作品の象徴でもあるロボットの女性(等身大)が大きなガラスケースに入っていて、浮遊しているような作品が、入り口を入るとドドンと我々を出迎えます。




2階の展示は、絵画が中心でした。昔描いた作品をキャンバスにプリントし、その上に絵具でアレンジを加えたものでした。なるほど、この方法だと同じような絵をたくさん量産できるし、個々に作家のテクスチャーが加わるから、コレクターも欲しがるね。




行ってよかったと思いましたし、やっぱりすごいなと思いました。


ただ彼の作品は好きなのであえて、思ったことを書かしていただくと、

やはり、小さい作品でもいいので完全な空山氏の原画が見たかったです。
プリントキャンバスに自身でテクスチャを加えることもいいですけど、これはコレクターを喜ばす感じに見えて、、、僕は全て手描きのイラストを見たかったなぁ


世界的に人気が高い作家なので、これからはもっと手描き作品を見られる機会は少なくなっていくとは思いますが、今後のご活躍を楽しみにしています。



深堀隆介
Riusuke Fukahori





















2023年5月9日火曜日

朝井閑右衛門展(横須賀美術館)へ行ってきました。


横須賀美術館で開催中の朝井閑右衛門展を見てきた。
横須賀美術館には彼の小さな常設部屋があるから以前から作品はよく見てて、好きな作家の一人だった。



朝井閑右衛門(あさい かんえもん1901〜1983)/横須賀美術館HPより


 今展では今まで見たことがなかった初期作品が数多く見られて
新鮮だった。初期は、多彩だけど暗めな色調とピカソなどの影響が見える作風で、よく知られている彼の鮮やかな油絵の印象とは違っていた。しかしある年齢から急に彩度の高い色使いになり、僕が知っている朝井閑右衛門になる。



↑ 初期代表作「丘の上」1936 / 展覧会チラシより





 また、彼は油絵具モリモリ作家として有名だけど、実は書画も凄かった。撮影禁止だったので実際に見て欲しい。富岡鉄斎のような自由奔放な書画で、実に気持ちよかった。

 あと、僕が好きなのは板画。小さな板に油絵の具をモリモリ塗って書いてある作品群。
これ推測なんだけど、きっと、彼が小田原に住んでいた時に名産のカマボコ食べてるうちに、この板に描こうってなったんだと思うんだけど。違うかなぁ?(^^;)

↑ 小田原アトリエ時代に蒲鉾の板から発想か?




他にB1の常設展示室には、天野純治氏「field of water」、長沢明氏「Mother Ⅲ」が新しく寄贈されており、この二つが特に印象深かった。



深堀隆介
Riusuke F








2018年10月18日木曜日

偽物にご注意ください!!




**注意**
先日ある国内画廊のヤフーオークションに出品されていた悪質な偽物です。絶対に購入しないでください!
今後販売や展示を見つけた場合は、即刻法的手段に訴えます。
  金魚養画場主 深堀隆介


**Caution** 
A gallery in Japan had put up a fake version of my artwork in Yahoo Auction. Please do not purchase! Please be cautious of what you see on the internet. Our office does not sell nor auction my work online.   Riusuke Fukahori























2018年8月28日火曜日

さくらももこ先生





 さくら先生が亡くなられたことは、仲良くしていただいている さくらプロダクションの方からの一報で知りました。

僕もスタッフも、衝撃でしばらく言葉を失うほどでした。

静岡出身のさくら先生は静岡愛が半端なかったので、ちょうどウチに新しく入ってきた静岡出身のスタッフに「さくら先生は静岡県民に会うと絶対喜ぶから今度一緒にさくら先生に会いに行こう!」と企んでいた矢先でした。


しかも、ちょうどさくら先生の所蔵の金魚酒と先生制作のぐい飲みを使ったコラボ作品を、平塚市美術館の個展で展示しているところだったので、本当にもう、偶然というか…ビックリというか…言葉を失いました。

器:さくらももこ作 金魚:私  命名 小梅丸(上)、桃太(下)



さくら先生とは、先生のデビュー30周年を記念するご本を発行する際に、先生が偶然どこかで僕の作品をご覧になって、「会いたい!」とアトリエに取材にお越しになったことがきっかけでした。ちなみに金魚大好きとのことです。

最初アトリエにお越しになるまで、僕が小さい時から見ていた「ちびまる子ちゃん」の作者だし、こわい人だろうか?怒られたらどうしよう?などド緊張していたら、全く真逆で、とても気さくな方で、優しいし、ユーモアがおありで、おしゃべりも上手、明るいお人という印象で、話しやすい方でした。


展覧会の作品を借りるためにご自宅へ伺った際にも、お酒を振舞ってくれたり、うなぎを食べに連れて行ってくださったり、うちの子供達とも遊んでくださって、僕たちにも分け隔てなく本当に平等に扱っていただいて、その懐の深さに感激するばかりでした。


そんな先生に、今の個展で借りている作品をお返しする際には、またお会い出来ると、心待ちにしていたのですが、それはもう叶わないこととなってしまいました。


あと、僕は常々思っていたことがあります。それは、先生はとてもおしゃべりが上手だったので、テレビ番組に出て欲しいと思っていました。それぐらい面白いお人だと思っていました。
もうそれも叶わない夢になってしまったと思うと、とてもとても残念です。



でも、ちょうど先生がファンだったという西城秀樹さんも天国にいらっしゃるので、今頃再開して、昔話に花を咲かせて欲しいです。


本当に感謝しきれないほどのご恩をいただき、深く深く心から感謝申し上げます。
御冥福をお祈りいたします。
ありがとうございました。



2018.8.28
深堀隆介



2018年8月18日土曜日

ヤノベケンジさんの作品への批判について



「福島−防護服着た子供像に批判」の記事
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018081800118&g=soc

 先週からこの記事が気になっていたので、私的見解を書きます。
あくまでも僕の個人的なものなので、何かに対する批判でも肯定でもありません。


 この「サン・チャイルド」が設置された福島駅近くの教育施設こむこむ館には、以前ワークショップで僕も作品を納品したことがり、他人事ではありませんでした。

 僕は、この像が批判を受ける対象になっていることに、ちょっと驚きました。確かに福島で実際に震災を体験した人々と、県外の人では、この像を見て感じる印象は全く違うと思いますが、そこまで批判される作品なのかと・・・


 この像をもし震災後5年以内で設置したら、今以上に不快に思う人は多いと思います。というのも、僕はこの像の実物を東京で4、5年前に見ています。その時は、まだ「震災後まもない」という印象でした。でも東京という福島から遠い場所であったため見るに耐えられたと思います。もしあの時点の福島で展示したら作品としてまだ早く「痛い」ものになっていたと思います。

ですが、今こうしてこの像を設置できるということは、我々の中でも震災に対する意識の変化があることを気づかせてくれます。

ようやくこの作品が福島に設置できるまでなったことを物語っています。


 また、胸のガイガーカウンターが「000」になるのはおかしいと、どこかの大学教授が批判したそうですが、はっきり言って、そのような馬鹿げたことに己の知識をひけらかすな!と言いたいです。


この場合、胸の数値が「001」とか、もしくは実際の線量計とかになっていたら、もっと批判が集中したと思う。作品を作る観点から見るとこの場合「000」しかありえないので、物理などではありえないかもしれないが、「000」が正解なのです。


現実をそのまま表現することが芸術ではなく、非現実を表現することが芸術だと思います。

物理の世界で間違っていることが芸術の世界では正解ということが多々あります。


 また、作者のヤノベケンジさんは、20年以上前から有名な現代美術家で、この防護服も彼のトレードマーク的な作品で、もともとはこれの実物を着て、チェルノブイリに行ったり、太陽の塔に登ったりというパフォーマンス作品も制作してこられました。

その歴史も踏まえて考えると、チェルノブイリで起こったことが、現実に日本にも起こったことで、遠い国のロシアならこの防護服を着ていけるが、いざ自国となると被災地や被災者の方々の感情を考えて、なかなかできない現実にぶち当たったと思います。


このサン・チャイルドは、そんなヤノベさんが、あの(自分の象徴でもあった)防護服を脱いでいるということからも、ヤノベ作品として彼自身が挑戦したメッセージ性が強いものであると推察できます。


この作品が将来的に福島駅のランドマーク的存在になる日は来るのか?福島市民の皆さんの答えはyesかnoか? アンケートの結果を見守りたいと思います。



深堀隆介
Riusuke Fukahori

























2018年4月24日火曜日

芸の道のための心得



芸術など芸の道一本で食べて行くなら、アルバイトは30歳まで。




僕が20代後半から考えていた持論。実際にそのように実行してきた。

芸術家や芸人として食べていくためには、最初はアルバイトなど副収入は不可欠だ。親の金や人の金で作品を作ってはいけない。自分の金で作ること。

しかし、アルバイトは30歳で卒業せよ。その後は作品の売り上げのみで収入を得て生きていくこと。手作りグッズなど作って売るのもよい。

何にせよ芸事と関係ない仕事はやるな、芸に関係することのみで生きて行くこと。

最初は苦しいかもしれないが、それらを乗り切ることで生き抜く力が養われるし、何よりもあなたの作品が育つだろう。 だが30歳過ぎてもアルバイトをしていると入金によって安心してしまい、作品は甘くなる。心は安定を望むようになっていく。

芸術家や芸人など芸の道にそもそも安定はない。安定を求める人はその道へ進まない方が良い。


必ずしも誰にでも当てはまることではないが、若い人の参考になればと思う。





深堀隆介
Riusuke Fukahori








2017年9月16日土曜日

浪曲師 玉川奈々福さん




今日は、亀戸のカメリアホールまで浪曲師・玉川奈々福さんと春野恵子さんの浪曲タイフーンの寄席を聞きに行ってきました。奈々福さんは、僕が奈々福さんのテーブル掛けを描いたことから親交が始まりました。もう、10年くらいの前のことになります。
今日の奈々福さんは山伏修行をされたからなのか?今まで以上に声の伸びがよく、鳥肌ものでしたっす😳!!




あと、奈々福さんが特集された雑誌・東京人も購入しました。だってさ、僕の金魚がどど〜んと表紙に見えたもんですから😬


堀隆介
Riusuke Fukahori




















2016年9月24日土曜日

行動展に行ってきた。


先日、国立新美術館でやっている行動展へ。


こういった公募展にはあまり行く機会がないのだが、知人の大分の彫刻家・森貴也くんが出品していて、みごと会友賞をとったとのことで、めでたいめでたい!と大勢でおじゃまさせたいただいた。


縦横2m以上ある大きな作品で、木を主材にいろんな素材で作っていた。これを自ら大分からトラックで運んできたと思うと大変だと思う。


森くんの作品をそんなに知らないのだけれど、見た人の心に何か爪痕(印象)を残そうとする感じは、共感を持つ。

こういうたくさんの人の作品の中でみるのとは違い、改めて個展という彼の世界観だけで見てみたいと思った。


ちなみに搬入の帰りにうちに寄ってくれて、チビ達の面倒も見てくれた。みんなでご飯を食べて楽しい時間を過ごした。



あと、行動展自体、行ったことはなかったのでいい刺激にもなった。「いいなこれ」と思った作品が知人の石田泰道さんだったのも嬉しい出会いだった。

公募展系の美術展のあり方に疑問はありつつも、中には面白い作品もいくつかある。
願わくは公募展慣れした作品より、異彩を放つ作品に出会いたい。





深堀隆介
Riusuke Fukahori




















2016年6月12日日曜日

新居に掛け軸



新居の和室が寂しかったので、鷺游(ろゆう)さんの書の軸を掛けてみた。

5、6年前に鷺游さんの展覧会で一目惚れして購入した掛け軸だった。

新居は建売住宅なので床の間がないため壁に直に掛けてみたけど、ん〜なかなか良い。

壁のコンセントがなければ尚いいけど・・・


以前の古家やアトリエではこの軸がそんなに引き立たなかったが、この新居にはぴったり。
グッと和室らしくなったし、古臭くも感じない。

実に鷺游さんの書の持つ独特の雰囲気に気づかされる。




「胡蝶の夢」と書かれてある。

このバランスがなんとも絶妙で味わい深くて僕は好き。





隆介
Riusuke









2015年10月10日土曜日

鴨居玲という画家


         ※画像 これは現在巡回中の石川県立美術館のポスターです。


鴨居玲という画家をご存知でしょうか?


絵に興味のある方は絶対知っているくらい人気があった画家さんです。


すでに自ら命を絶ってこの世にはいません。


僕は学生のときにこの方を知って、その独特の世界にはまりました。


若い僕の心に、強烈に訴えてくるものが彼の絵にはありました。




先頃、東京駅のステーションギャラリーで鴨居玲展を観に行きました。

久々に彼の絵を見て感じたのは、自分自身も40歳を超え、彼と同じような状況にあり、若い頃とは違う目線になっていました。興醒めしてしまう絵も確かにありましたし、そうではなく、昔は嫌いだった絵が逆に良く見えたり、聞こえなかった彼の声が今では細部にまで随分と聞こえるようになっていました。


自分も美術の世界だけでご飯を食べ続けてもう15年になります。

作家業は他の職業とは少々違い、食べるために売れなくてはいけないのに、ウケるウケないとは違う自己表現もしなくてはならず、葛藤や苦しみがどうしても伴います。だから面白いのですが、そもそもそれらは矛盾するんですね。


それに耐えられない人は、作家には向きません。


鴨居さんの絵からは、本当の自分と向き合う姿勢と、また相反する世間に隠すような偽りの自分がいる様に思えました。コンプレックスもかなりあったと思います。(僕もそうだから心境が絵から伝わる)



僕は、彼のグレー調の絵画群を見続けるうちに、本当の彼は沢山のカラフルな色を使いたかったんじゃないか?もっと笑っちゃうような明るい絵も描きたかったんじゃないか?と思えてきたんです。

実際、下地にはかなりカラフルな色を使っていると思います。それがもう一人の鴨居さんかもしれなません。


でも画風が変わる事は、世の中が(人気もあるし、生活もあるし)許してくれなかったように思います。


生前のTVのインタビューなどに答えているときの彼の表情には、どこか何かを隠しているような、一見苦しみもがく画家を演じているようにも見えました。


本当はひょうきんで明るい人に見えるんです。鴨居さんって。そんな自分を表面に出せない不器用なところがある人だったと思います。


もし、まだ生きていたら、彼の描く絵は、きっと明るい画面になっていたんじゃないでしょうかねぇ。草間弥生さんみたいな・・・


優しさを感じるんですね。彼の絵には。


僕はそんな鴨居玲さんに強いシンパシーを感じてしまう。愛すべき画家の一人です。





隆介
Riusuke







2015年7月9日木曜日

橘小夢の「水魔」の疑問、無事解決。











先日、「橘小夢の「水魔」いう絵が反対なのではないか?」という疑問をぶつけましたが、それを見極めるために弥生美術館へ行ってきました。









結論から言うと、あの絵は反対ではなくあの状態が正解だ、ということです。



実はあの絵の肉筆画は、すでに紛失してしまっているとのこと。現在残っているプロセス版(印刷)のものが展覧会でも飾ってありました。印刷物ということもあって不鮮明なところが多く、展示品を見ても分かりにくい箇所がいくつかありました。

そのせいで、テレビなどでは余計に「藻がどう生えているのか」とか、「印章がどうなっているのか」そこらへんがよくわからなかった訳です。


しかし、間近でよく見れば、藻はたしかに底と思われる場所から生えているように描かれているし、印章も上下がしっかりと明記されていました。


思うに、あの渦は底に写った水面の渦の影か、あるいは、水底の泥がさらに渦を巻き、あの美女を底なし沼へ引きずり込もうとしている様にもみえました。


会場には、その絵の横に数年後に色紙に描いたとされる同じ構図の「水魔」の肉筆画が飾られてありました。


それを見れば、はっきりと藻が底から生え、印章の文字が読み取れました。


しかし、一点だけ気になることがありました。それは、その数年後に描かれた水魔の絵と本編に使われた水魔の絵が、まるで別人が描いたように思えるくらいタッチが違ったことです。新しく描かれた色紙の水魔の絵には、あの美女の妖艶な魅力があまり感じなかったのです。


ん〜考えすぎかもしれませんが、まぁこの事案はこの辺にしておきます。






それにしても橘小夢の展覧会は良かった。 本当に素晴らしかった。


特に僕のお気に入りは晩年の花魁を描いた屏風絵
「地獄太夫」です。

※弥生美術館HPより「地獄太夫」部分抜粋


彼の絵は晩年になればなるほど切れ味が増し、僕は晩年の作品に完全に斬られました・・・

チラシや作品集にもこの絵は掲載されていましたが、どれも実物の持つ迫力や魅力を捉えることができていません。僕は、この作品をずっと眺めていました。


晩年の小夢は、挿絵という注文絵画を辞め、子どもたちのために自発的に描いたそうで、その事もこの絵の魅力に繋がるのかもしれません。彼そのものの濃厚な作品という印象でした。


この花魁の作品は僕にとって国宝級の作品です。








深堀隆介
Riusuke Fukahori












2015年6月16日火曜日

橘小夢のこの絵は逆さまではなかろうか?




いま弥生美術館で開催中の橘小夢展


明治〜大正〜昭和と挿絵などで活躍した日本画家だ。


まだ展覧会に行ってはいないものの、是非彼の絵を見たくて会期中になんとか時間を見ていきたいと思っている。


展覧会情報で紹介している作品の中に気になる絵があった。


                             "水魔Suima" / 橘小夢Sayume Tachibana 1932

かっぱが裸の美女を水の中に引きづりこんでいる絵「水魔」だ。


ドキッとくる変わった構図やモチーフに衝撃を受けたのだが、なぜこの構図になったのか疑問に思った。

しかし、僕は金魚を描くのですぐにわかった。


この絵、天地が逆さまじゃないかな?って




水紋を人間は下に見るのが(池など水面は足下にあるから)常だからか、出版する際、挿絵を差し込んだ印刷所の人が何の疑問ももたず、水面を下にして掲載してしまったんじゃないかなと推測する。



僕は金魚を描くとき、金魚といっしょのに水中に潜っている想定で絵を描きます。その時水面は下ではなく上にある。


水中からみた水面は天にあるわけです。

で、僕が推測する正位置はこちら↓



だからこの絵も水中の絵だから水紋は天になければおかしいし、水底へ美女を引きづりこむならなおさら天地が逆に思える。

泡の反射光も、水紋の方を向いて自然になる。


しかし、落款らしき朱がそれでは左上になってしまい、ちょっと変だ。
この落款らしきものは出版社の認め印だと納得できるのだが、画像からは読み取れない。

また、逆にすると水草も逆さまになってしまうように思うし、カッパが引きづり込む怖さは増すが、絵の面白みには欠けるとも思う。




あと、物語を知らないのでそれを読めば僕の推測が間違っているかもしれない。

いずれにせよ、その辺を解決するためにも実物を観に行ってみたいと思う。





深堀隆介
Riusuke Fukahori


※17日14:18 追記
この記事に多くの意見がよせられ、本当にありがとうございます。私が言いたいのは、ある作品が美術館というものに飾られていたり、画集などで紹介されているからといって、それがけして正解ではないということです。何でも言われた事を鵜呑みにせず、自分なりに考索するのが大事だと思っているからこそ、提議した次第です。

確かに、この絵が天地が逆だったとしてもどうでもいい事だとは思います。残された作品を前に、伝授されたとおりのままを素直に鑑賞すればいいと思います。
ただ、絵を描く人間として、自然にこの絵を見たとき、少しだけ違和感を感じたのがこの記事を書くきっかけになりました。

なぜなら、もし僕の死後、僕の作品が方向を間違って展示されていたら、僕はお化けになってでも「そっちじゃぁない、逆じゃ逆!」と出てやるくらいの気持ちはあるからです。作家だったらきっとみんなあります。
ただ、僕の金魚の平面作品は上下が基本ありません。なので斜めに壁に飾っている人や、上下逆さまに飾っている人もいます。飾る方向は個人の自由です。

でも作品には作者の描いた向きがあり、一応基本となる正位置はあるはずです。

今回のこの「水魔」がもしも最初逆で描かれていたとしても、それは時のイタズラがいつのまにか反転させ今の位置になったとして面白いエピソードだとは思います。

ただ、僕が気になっているのは、作者・橘小夢氏の真意だけです。








2015年5月31日日曜日

篠田桃紅さんの特集を見て

さっき、ETV(NHK教育)で、墨を使う美術家 篠田桃紅(しのだとうこう)さん(102歳)の特集を見た。



とても良かった。「作家として、どう生きていくべきか」沢山の答えを教わったように思う。

102歳でも、いまでも新しいことに挑戦したいとおっしゃっていたのがすごい好き。




一番心に残ったところは、篠田さん自身、今でも墨に翻弄もされるというところ。

墨に教わることもあるし、墨に悩まされることもある。とのこと。


「(墨は)ぎりぎり絶望させることはない。」


この言葉、いたいほど胸にきた。

篠田さんの言う「墨」の立ち位置と僕の「金魚」がどこか似ている。

僕は、金魚という存在に今でも翻弄される。今現在もずっと翻弄されているところだった。

でも僕の答えは「金魚」の中にあるのだ、と篠田さんの言葉は言ってくれたように思った。

篠田さんの力強い言葉は、僕の迷いも吹っ飛ばしてくれる。


僕も金魚に翻弄されるけど、もっともっと「金魚」を信じていこう。金魚救いされたあの日を解明することが僕の仕事だ。



篠田さんの作品は、墨を使うけど、いわゆる書家臭くないところがいい。絵画と書が融合しているから好きだ。


僕は、新しい独自性を強く持った人の作品が好きなんだと改めて思った。



ほんと、あんな100歳になれたらいいな と思った。







深堀隆介
Riusuke Fukahori




2015年5月13日水曜日

作品 草風ノ門 




今、横須賀美術館に展示中の僕の作品 


「草風ノ門(Soufu no Mon)」



これについて少しだけお話します。

まずこの八角鉢は何かといいますと、実は 第十三代酒井田柿衛門(明治~昭和)の物になります。


この鉢だけで、かなりの価値があり、鉢だけで40万円くらいはすると思います。 この作品はたくさんの方々のご協力のもと制作することができました。


なのでそれに描けるだけでも光栄なことなんですが、いざここに樹脂を入れて作るとなると、なかなか緊張するもので、一向に制作が進まなかったのを思い出します。






ある日、この鉢を眺めていたとき、文様の中に4つの門があることに気がつき、その門から見える景色に目がとまりました。



その門の向こうの景色に「風」を感じたんです。


静寂すら感じる文様に囲まれているからこそなのか、門の向こう側の世界にビュービューと音が鳴るくらい風が吹いているように感じられたんです。


そこで、僕は、その門のそれぞれ生えている植物(松、竹、梅、蘭)から、風によって葉っぱや花びらが吹き込んできたように、葉っぱなどを描いたんです。


そう思ってこの作品を見てもらうと、一層楽しいと思います。





では、赤い蘭の花の花びらは無いの?と思うかもしれません。


実は、よく見ると蘭の葉っぱからてんとう虫が飛び立っている様子がみてとられると思います。




実際の水の世界ではありえないのですが、「絵の世界」「陸の世界」「水の世界」が一体となった境界のない不思議な世界が存在する作品なのです。





なお、この作品は、非常に取り扱いに注意が必要なため、今後なかなかお見せできる作品ではありませんので、この機会に是非ご覧下さい。







深堀隆介
Riusuke Fukahori