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2023年6月6日火曜日

ジャーナリスト・笠井千晶さんのご著書



 ジャーナリストの笠井千晶さんからご著書が届きました📕。


笠井さんは、東日本大震災直後から福島に何度も何度も通い続け、原発や福島の現状をずっと取材している凄い人。


笠井さんとは、僕が震災の2年後の3月11日に、被災された南相馬市の上野敬幸さんの旧自宅でライブペインティング行った時に、初めてお会いしました。


その頃は、笠井さんは名古屋に住んでいらしたので、故郷の名古屋話しで盛り上がったのを覚えています。


震災から12年経った今も、彼女はほぼ毎月福島へ自費で通っているそうです。本当に笠井さんのバイタリティには脱帽です。


震災直後にあんなに来ていたテレビ局も今はほとんど来なくなって、福島のことは忘れ去られようとしていますが、まだまだ原発問題や帰還困難区域の問題などたくさんの問題が解決できていません。


笠井さんが取材されている沢山の取材映像が、これからさらに貴重なものになっていくと思います。



時間がある時に、ゆっくり読ませていただきます。

感謝。




#深堀隆介

#Riusuke Fukahori



#笠井千晶 #家族写真  #福島 #東日本大震災 #津波







2018年8月18日土曜日

ヤノベケンジさんの作品への批判について



「福島−防護服着た子供像に批判」の記事
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018081800118&g=soc

 先週からこの記事が気になっていたので、私的見解を書きます。
あくまでも僕の個人的なものなので、何かに対する批判でも肯定でもありません。


 この「サン・チャイルド」が設置された福島駅近くの教育施設こむこむ館には、以前ワークショップで僕も作品を納品したことがり、他人事ではありませんでした。

 僕は、この像が批判を受ける対象になっていることに、ちょっと驚きました。確かに福島で実際に震災を体験した人々と、県外の人では、この像を見て感じる印象は全く違うと思いますが、そこまで批判される作品なのかと・・・


 この像をもし震災後5年以内で設置したら、今以上に不快に思う人は多いと思います。というのも、僕はこの像の実物を東京で4、5年前に見ています。その時は、まだ「震災後まもない」という印象でした。でも東京という福島から遠い場所であったため見るに耐えられたと思います。もしあの時点の福島で展示したら作品としてまだ早く「痛い」ものになっていたと思います。

ですが、今こうしてこの像を設置できるということは、我々の中でも震災に対する意識の変化があることを気づかせてくれます。

ようやくこの作品が福島に設置できるまでなったことを物語っています。


 また、胸のガイガーカウンターが「000」になるのはおかしいと、どこかの大学教授が批判したそうですが、はっきり言って、そのような馬鹿げたことに己の知識をひけらかすな!と言いたいです。


この場合、胸の数値が「001」とか、もしくは実際の線量計とかになっていたら、もっと批判が集中したと思う。作品を作る観点から見るとこの場合「000」しかありえないので、物理などではありえないかもしれないが、「000」が正解なのです。


現実をそのまま表現することが芸術ではなく、非現実を表現することが芸術だと思います。

物理の世界で間違っていることが芸術の世界では正解ということが多々あります。


 また、作者のヤノベケンジさんは、20年以上前から有名な現代美術家で、この防護服も彼のトレードマーク的な作品で、もともとはこれの実物を着て、チェルノブイリに行ったり、太陽の塔に登ったりというパフォーマンス作品も制作してこられました。

その歴史も踏まえて考えると、チェルノブイリで起こったことが、現実に日本にも起こったことで、遠い国のロシアならこの防護服を着ていけるが、いざ自国となると被災地や被災者の方々の感情を考えて、なかなかできない現実にぶち当たったと思います。


このサン・チャイルドは、そんなヤノベさんが、あの(自分の象徴でもあった)防護服を脱いでいるということからも、ヤノベ作品として彼自身が挑戦したメッセージ性が強いものであると推察できます。


この作品が将来的に福島駅のランドマーク的存在になる日は来るのか?福島市民の皆さんの答えはyesかnoか? アンケートの結果を見守りたいと思います。



深堀隆介
Riusuke Fukahori

























2018年3月11日日曜日

震災から7年。あの日のままの筆洗バケツ


3月11日、東日本大震災から7年経ちました。

今日は、まだ完成前の作品なのですが一点ご紹介したいと思います。
この筆洗バケツは、南相馬市の上野さんからお預かりしているもので、上野さんのご友人の娘さんの筆洗バケツです。

原発事故のため入ることができなくなった大熊町の小学校の教室に4年間も放置されていたため窓枠の形に日焼けしていました。


僕はこれを作り始める際、どのようなものを作るべきか、そして何を捧げることができるのか、実は何日も筆をとることができませんでした。

そんなある日、脳裏に浮かんだのは皆んなで遊んでいる子供たちの姿でした。「そうだ難しいことを考えるんじゃなく、ただ無邪気に遊んでいる子供たちの姿を金魚に例えよう!」と。そして少しずつ積層を重ねて行きました。





この作品はまだ完成ではありません。通常完成前に見せることはしないのですが、あの日を忘れない・風化させないという思いで今の状況を公開しようと決意しました。このバケツの持ち主であった娘さんのご家族様へこれを届けるまでは完成とは言えませんので、まだ詳細は控えさせていただきます。
どうか皆さん完成までもうしばらくお見守りください。  



深堀隆介
riusuke fukahori












2015年5月11日月曜日

福島GW旅行記 南相馬の菜の花迷路



午後、上野さんたち復興浜団さんが開催している菜の花迷路に到着。 沢山のお客さんでにぎわっていました。

今年は去年よりもさらに拡大し、一面まっ黄っ黄! 迷路も難しくなっていました。

大人より、子どもたちの方が感がいいみたいで、迷わずゴールへ行くのですが、大人は変に勘ぐって袋小路に迷い込む事が多かったです。

途中で知らない人に鉢合わせしても、ここでは「こっち行き止まりっすよ」など言い合って連携プレイが起こるから不思議だよね。








僕が来るということで、以前お世話になったNHKのカメラマンさんたちが家族できてくれた。嬉しかった。 奥さんと仙台貨物の話で盛り上がる。







最後に上野さんたちと記念写真。皆さんいい笑顔です。


五月の心地良い日、上野さんの旧家にたくさんの鯉のぼりが掛かっていたのが印象的だった。








深堀隆介
Riusuke Fukahori






2015年5月10日日曜日

福島GW旅行「骨董市に遭遇」



福島県いわき市から開通した国道6号線を北上したいと思い行く。


途中、いわき市を出る手前あたりでトンネルを抜けたとたん!国道脇のお寺で骨董市をしているのが見えた!


100mほど先で急停車してUターン。 


息子たちは、早く南相馬の菜の花畑の迷路に行きたいので、「なんで戻るの!早くいこうよー!」と叫ぶ。

しかし、私、フリーマーケットや骨董市はどうしても見たいものの一つなのである。


なぜなら、その中に次の作品になる器があるかもしれないわけで。

そう思うと、見ておきたいのである。

フリマや骨董市はリサイクルショップ等では決して出てこないような、ガラクタもあるからいい。



このガラクタが重要なんですね。キズやシミも味わいです。ただし古ければいいわけでもありません。チョイスにはセンスが問われるものでもあると思います。

だから僕にとってはガラクタではなく、すべて宝の山です。



「今回もまた沢山買ってしまった・・・・・」



この中から将来、いい作品が生まれてくれるといいな。


と、なんだかんだやっていると時間が経つのも早く、息子たちがとうとうしびれを切らし大暴れ。早々に南相馬へ向けて車を出した。





国道挟んでお寺の向かいには、海岸線が続き、磯には鳥居と橋がかかっていて何ともいい風景だった。

でもよく見ると、まだ手すりなどが壊れたままだった。









深堀隆介
Riusuke Fukahori






2015年3月11日水曜日

I WILL NEVER FORGET



Remember FUKUSHIMA.

Remember MIYAGI.

Remember IWATE.

Remember AOMORI.

Remember IBARAKI.

Remember TOCHIGI.

Remember 
TOHOKU & NORTH KANTO.

Remember 
THE NUCLEAR ACCIDENT.



I WILL NEVER FORGET 3.11






artist
Riusuke Fukahori











2015年3月2日月曜日

常磐道再開通おめでとう!


              (参照ニュース)http://www.asahi.com/articles/ASH31454VH31UGTB008.html

関東より福島県の相馬方面へ向かう高速道路・常磐道が震災後、4年目にしてようやく再開通。

本当にうれしい!


今まで、南相馬の方面に行くのには、結構時間がかかったんですよ・・・

常磐道開通したらもっと早くいけるのになぁと思っていたんです。でもなかなか復旧されなかった。

しょうがないですよね福島第一原発のすぐ近くを通るし。


いままで福島の南相馬方面に行くのは本当に大変だった。まず横浜から首都高で東北道へ出るまでが大変で、ぐるっと都心を回る形で2時間くらいかけて一番渋滞するところをわざわざ通らなくてはならなかったし、東北道を4時間走ってようやく福島インターについても、そこからさらに2時間くらいかけて相馬方面までクネクネの山道をいかなくてはならない。(計8時間、約一日だね)

僕もこの最後の山道はずいぶん慣れた(笑)。放射線量の高い飯館村を通るのですが、そこの廃墟とかした家々を観ながらいろいろ考えたもんです。



でもこれからは船橋方面からダイレクトにいわきや南相馬方面に行けると思うと、

すっごく近くなった印象があります。やったね!






深堀隆介
Riusuke Fukahori