2016年7月7日木曜日

名古屋が魅力のない街1位に!!(でもわかる気もする)



※名古屋城/ウィキペディアより

昨日ニュースで知った衝撃の悲しいニュース

日本の都市、東京、横浜、大阪、神戸、名古屋、京都、札幌、福岡、の中で、不名誉なことに名古屋が「魅力のない街第1位」に輝いてしまったのだ!!


僕は名古屋人として悲しい!!  けど、なんとなく理由がわかる気もする。



僕が前から名古屋で言いたかったことをあげます。特に歴史的なことについてです。

名古屋を盛り上げようと会議しておられた有識者の方々の参考になればと思います。


■地方から友人が来ると、連れて行くところに困り、考えた挙句、とりあえず栄に行きがち。
  これは、本当によくあったのです。で、東京や大阪から来た友人に栄に行っても驚きもなく、逆にほぼあるものばかり、これでは面白くはないでしょう。
名古屋は商業施設を多く作りすぎのように思います。
名古屋にいると、分かりづらいかもしれませんが、外から来た人が面白いと思うのは、都会などの発展よりもその土地土地の風土などの個性です。すなわち文明より文化。
福岡や神戸などが成功例だと思います。


■歴史的価値の高い史跡が中途半端な整備しかしていない。
 もったいないと思うのが、歴史的史跡への希少性の理解が足りないように思うこと。
例えば桶狭間の跡地、あんな碑だけでいいのでしょうか?織田信長という現代でも最も好きな歴史上の人物第一位にあがる武将の織田信長が、天下統一の第一歩となった地なのに、もっと盛り上げていいのではないでしょか。


あと、僕が「これはがっかりした第一位」は「熱田 七里の渡し」です!!


熱田神宮という名所がありながら、東海道の宿場町で唯一海上をいく七里の渡し。これは名古屋独特の唯一無二のものなのに、、

行ってみて愕然でした。 僕が市長だったら、あそこにもっと昔の宿場町のように整備して、宿屋や飲み屋や雑貨屋とかを誘致して、江戸時代を思わせる雰囲気の観光地にしたいと思ったほど。

本当にもったいない!!と愕然としたのを覚えている。


ただ、僕が言ったのは全て10年前くらいなので今は変わっているかもしれませんが。



でも、名古屋人が自分の土地に誇りがあったり、なかったり、曖昧なのもわかります。僕も名古屋人ですから。そこが中庸で名古屋のいいところでもあるんですが、


前々から僕が言っていたのは、「名古屋城さえ燃えていなかったら」ということです。

名古屋城が戦争で燃えなければ、きっと、現存天守の城下町として一大観光地になっていたと思います。姫路城のように。


「尾張名古屋は城で持つ」といわれた名古屋は戦後、失ったシンボルを急ピッチで再興しました。しかしそれは、昔と違うコンクリート製・・・・。

これが名古屋人の誇りを曖昧なものにしてしまったように思います。現に名古屋人でもお城にはあまり行きません。地方の友人も一回は連れて行くかもしれないけど、何回も行きません。

名古屋人の性格はこのお城が表しているように思います。

しかし、このたび、名古屋城を完全再現の木製で立て直すそうで、これは名古屋人の誇りを取り戻すいい機会になるかもしれません。

期待しています。


〈あともったいないと思う史跡や場所〉
・断夫山古墳・白鳥古墳(ヤマトタケルのお墓とも言われている。もっとヤマトタケル推して〜)
・熱田神宮界隈。(源頼朝生誕地ともいわれているし)
・堀川の使い方 (ガーの方が人を呼んだね・・)
・名古屋港の使い方(めっちゃくちゃもったいないと思う水族館以外ももっと)
・隣の弥富・蟹江の金魚一大生産地も利用出来ると思う
・白壁地区など城下町(着物で歩けるような街に)
・円頓寺界隈も好きなのでいれとこう
・きしめんをもっと推すべし  (赤味噌も)
・逆に「魅力のない街にいっぺん来てみやぁ」でキャンペーンする



はぁ〜久々熱くなったぜぃ(-。-;






隆介
Riusuke




























2016年7月1日金曜日

「金魚ノ歌」出版記念展 無事終了!




 池袋西武本店にて約一週間行われた作品集「金魚ノ歌」出版記念展覧会が無事終了しました。


25日のサイン会も含め、たくさんの皆様にお越しいただき、心から感謝申し上げます。








サイン会ではいろんな人たちとお話できて楽しかったです。








また第3弾、4弾と作品集を出せるように頑張りたいと思います。


ありがとうございました。











深堀隆介
Riusuke Fukahori










2016年6月24日金曜日

五色塚古墳へ


神戸芸工大での講義が終わって、次の日の午前中に一度行ってみたかった垂水市にある五色塚古墳(ごしきづかこふん)へ行ってきました。



ここは、天皇家ではなくこの地の豪族のお墓とされたため、全国でも珍しく復元された古墳なのです。そして頂上へ登れる古墳としても有名です。(普通、天皇家直轄の古墳は宮内庁が管轄しており、いまだに入ることも調査発掘もできないのです)



僕の見解としては豪族で前方後円墳はありえないと思っています。やはり、天皇家の血族だとは思います。この墓の主の子孫たちが本家の大和と対立し戦いに負けたため、日本書紀にも仲哀天皇の偽の墓とされ、その名は抹殺されたと睨んでいます。



ここの別名でもある千壺古墳は、ここから大量に出土した筒型の鰭付円筒埴輪からだと推測します。
この円筒埴輪が何のためにこのような形をしているかはわからないそうですが、

ずっと眺めていると火を焚くのに適しているように思えます。空気穴もありますし、上に何か鍋をのせてグツグツ煮るのにも適しています。

僕の私見では、これは海に向かって火を焚いたんだと思います。灯台的な役目もあったかもしれませんが、僕は、「送り火」と同じ文化だと思います。


大和が潰した国の前王の呪いが起こらないように霊魂を鎮めるための送り火だったんだ推測しました。

これが後々 京都の「大文字焼き」という送り火に繋がっていったとも推測できます。大の字も古墳の形っぽいし。




とにかく結界を作っていることと、火を焚くのに適した形、そのことからもこの円筒埴輪は鎮魂のために作られたものだと思います。その後の神社のしめ縄に通じるものだと思います。





上に登って見下ろすと淡路島も見え、明石海峡の美しい景色が眼前に広がります。

海もきれいで、海産物も豊富、山も切り立ってて美しい、古代人が好む風土が揃っています。


僕は都市があった西側に古墳は作られると考えますので、きっと垂水か須磨が古代都市の位置になると思います。(邪馬台国近畿説を押していた頃はここが投馬国(つまこく→すまこく)だと思っていました。今は九州説推しですが・・・)


しかし、なぜこのような丘の上にわざわざ大きな前方後円墳を作ったのか?疑問を抱えながら新幹線で帰路につきました。








深堀
Fukahori









2016年6月20日月曜日

神戸で特別講義します



「GOLDFISH AS HUMAN, HUMAN AS GOLDFISH」と題して特別講義を行います。

日時は6月22日 16:20〜18:20
場所は神戸芸術工科大学 吉武記念ホール です。


一般の方も視聴できます。


詳しくは神戸芸術工科大学のHPにて
http://www.kobe-du.ac.jp/2016/06/52826/





深堀隆介
Riusuke Fukahori





2016年6月15日水曜日

作品集「金魚ノ歌」完成!!!



Today,My second book collection of works has been completed!!
とうとう作品集「金魚ノ歌」が完成しました!!
全国書店には6/17には並ぶ予定です。
力作ぞろいですので是非ともお求めください。

詳しくは河出書房新社のHPをご覧ください。




深堀隆介
 Riusuke Fukahori








2016年6月12日日曜日

新居に掛け軸



新居の和室が寂しかったので、鷺游(ろゆう)さんの書の軸を掛けてみた。

5、6年前に鷺游さんの展覧会で一目惚れして購入した掛け軸だった。

新居は建売住宅なので床の間がないため壁に直に掛けてみたけど、ん〜なかなか良い。

壁のコンセントがなければ尚いいけど・・・


以前の古家やアトリエではこの軸がそんなに引き立たなかったが、この新居にはぴったり。
グッと和室らしくなったし、古臭くも感じない。

実に鷺游さんの書の持つ独特の雰囲気に気づかされる。




「胡蝶の夢」と書かれてある。

このバランスがなんとも絶妙で味わい深くて僕は好き。





隆介
Riusuke









2016年6月8日水曜日

西武渋谷での展覧会ありがとうございました。












無事に西武渋谷での展覧会が終わってホッとしております。


ほんっとにまぁ怒涛の三週間でした・・・・




いろいろ問題もありましたが、僕にとって自信もついた記念すべき展覧会になりました。



特に角界からの反応もあり、嬉しい限りです。






(展覧会が始まると、予想以上のお客様が!!!)





最終的な入場者数は3万5千人を超えまして、自己最高記録となりました。

いまはもっと最新ハイテクアートもある中、僕のようなローテクなアートを楽しんでくださることに本当に心より感謝いたします。





金鮒(きんぎょ)を描き始めて15年。 アートの世界に携わるようになって26年。


ようやく何か見えてきたように思います。


続けてこられて本当によかったと、15年前金魚救いしてくれたキンピンに心から感謝。

もちろん、支えてくれるスタッフや家族、みんなにも感謝!








深堀隆介
Riusuke Fukahori