2015年8月24日月曜日

倭人伝中の奴国は「なこく」ではなく「やつめ(八女)こく」ではないか?!

(この前の魏志倭人伝の邪馬台国の記事のつづき。)

結論から言わせていただくと、奴国(なこく)は博多のことではなく、八女(やめ)のことではないだろうか?





そのきっかけは、自分なりに倭人伝の邪馬台国への航行ルートを現在の地図に照らし合わせて進んでみたとき、奴国の位置が八女市になったことからだった。



しかし、奴国は博多の事だと考古学では言われていて、博多と八女だと全く方向がちがうが、僕は倭人伝の使者は、博多がある東方向へ行ったというより、記述どおり、南方向に行ったほうがリアリティを感じている。

倭人伝には東の方角へ行くとは何処にも書いていない。それは東にある邪馬台国・近畿説の一番の弱点で、「倭人伝中の「南」は「東」の誤りだ」とし、東にある大和へ何とか行かせるための強引な口実だった。


でも今以上に方角が重要な古代人が、東と南を間違えるとは思えない。太陽信仰の民族が、神のいる方角を間違えるだろうか。




あと仮に東に行けば、奴国は「那(な)の津」と呼ばれた今の博多になるのだが、僕には「奴」を「な」と読むのにはどうしても違和感を感じていた。

それより「ど」とか「ぬ」「の」と読んだ方が自然に感じるのに、ここにきて「な」と読むのは博多の古称「那の津(なのつ)」に引っ張られたからだろう。



そんな疑問を抱えるある日、自分が思う史実通りの邪馬台国へ行くルートを辿ったとき、奴国に位置に「八女」があったのだ。



僕は、八女?と思ったけど、ちょっとまてよ?とも思った。


訓読みなら「奴」は「やつ」と読むのではないか?もっと調べると「め」とも読むし、さらには「やつめ」とも読む。


今でも憎い敵などを「やつめ!」などと叫んだりする・・・



※日本や韓国、香港など、漢字が渡来した地方には音読みと訓読みがある。音読みは本来の中国の読みに沿ったもので、訓読みはその土地の土着の言葉に漢字を当てはめた読み方だ。



「奴国」が訓読みの「やつめこく」だったら。それが転じて「やめこく」になり、現在の「八女(やめ)」になったとしたら。

そう仮定したとたん、一気にいろんな事が紐解けた。


八女には古墳群もあると聞くし、古代より都市があったことは間違いない。

もし、この八女が「奴国」だったら、魏志倭人伝の倭国は九州のことで、本州の大和は「大国主」が納める先の大帝国だったと想像する。(旧称:仁徳天皇陵は大国主のお墓だと僕は思っている)


それ以来、僕は「奴国」という字をみると、「やめこく」に見えてしょうがない。













で、最後に僕の比定する倭人伝中のそれぞれの国名と現在の地名をあげます。あくまでも推測にすぎませんが、確信しています。

魏志倭人伝通りいくと

◇對馬→対馬
◇一大国→壱岐
◇末盧国(まつらこく)→(ばるこく)現在の松浦(まつら)付近といわれているが、
           僕は(ばる→原)ではないかと思うなので
           前原(まえばる)市あたりを比定
◇伊都国(いとこく)→(いづこく)吉野ヶ里遺跡
  ※倭人伝にはここからの放射状に各都市との距離が書かれている
  (使者は伊都国より先は行っていない可能性。文章に変化あり)
◇奴国(なこく)→(やつめこく)八女市
◇不弥国(ふみこく)→まだわからないが、久留米か鳥栖のほうだと思う。
◇投馬国(つまこく)→薩摩(さつま)か、宮崎の都万(つま)あたり(倭人伝中の水行き20日とは海岸線に沿っていくことでは)
◇邪馬台国(やまたいこく)→(やまとこく)これはまだわからないが、宮﨑県の高千穂の麓、熊本との県境付近を比定。




※すでに同じような論考を発表されている方はいると思いますが、これは私の推測にすぎません。なるべく無知な状態で、芸術家としての感性を使って歴史を紐解いていくことが楽しくて趣味として行っているものであります。







隆介
Riusuke











2015年8月23日日曜日

「四つの桶」台湾の毓繡美術館へ



台湾の毓繡美術館 に収蔵される愛しい「四つの桶」「金魚酒:月花香」たちを配送するため梱包しました。







四つの桶は、旅立ちを祝して新たに桐箱を新調し、紐と中敷もそれぞれの金魚に合わせて色を変えてみました。







「これから台湾の人たちを楽しませるんだぞ〜」と旅立ちのお別れ。

大げさではないのですよ、だってもっとも大事にしてきた子たちですから。


 
 2009年、僕の転機になった重要な作品なんです。


これで僕のアトリエには、樹脂作品のストックがほとんどなくなりました・・・。





台湾の毓繡美術館(YU-HSIU MUSEUM of ART) は今度の10月に新しくオープンする美術館です。

台中になります。


最新のモダンな建築で、現代美術を中心に収集されます。


毓繡美術館サイト→http://yu-hsiu.org/jp





隆介
Riusuke















2015年8月20日木曜日

MOE編集部に届いた皆様からのご感想





MOE編集部より、編集部へ届いた読者メッセージの一部が送られてきました。


それは、今号の僕の特集記事のご感想でした。


皆様からの本当に心温まるお言葉に勇気づけられました。


こんな時、制作を続けてきて本当によかったなぁと思います。


皆様ありがとうございました。



隆介
Riusuke






2015年8月18日火曜日

猛暑で金魚が何匹もお亡くなりに・・・



この夏、1週間以上猛暑が続きましたよね。本当に暑かった。


僕も、超夏バテして制作が全然思うように進みませんでした。


それは金魚も同じで、この暑さはかなり堪えたようです。


しかも、夏場は僕も仕事で遠方に出かけて留守にすることが多く、帰ってくると亡くなっていた・・という事が多かった。


約2年間大切に育ててきた土佐錦も遠征から帰ってくると・・・天国へ

   大ショック!



水温が上がらないように処置して出かければよかったと後悔・・・


また、弥富に行ったとき新しい金魚を買ってくるか。



「金魚は夏の物」って日本人は思っているけど、前から言っているように、それは違います!


本当の真夏は「病気しやすいし、夏バテするし」けして夏の生き物ではございません!


冬の金魚は、水も澄んで体色も濃く見えて、僕は好きなんだな〜







深堀隆介
Riusuke Fukahori











2015年8月15日土曜日

ヒルナンデスに出演します。

17日(月曜日)12時の番組ヒルナンデス(日テレ4ch)に出演します。

制作途中の作品ですが “通称:方舟”もお披露目いたします。


途中の作品を見せるのは本当はいやなのですが、ニューヨークに送ってしまったら、もう皆さんには観てもらえないので、今回は本当に考えた末、“方舟”を持っていく事にしました。


是非ご覧ください。



隆介
Riusuke







2015年8月7日金曜日

浜松えんてつホールでのライブペインティング完描!


無事、初の浜松でのライブペインティング終わりました!


暑い、高い湿度、初挑戦のツルツルのアクリル板・・・・手こずりましたが、何とか可愛い金魚が生まれたと思います。






しかし、暑かったね〜昨日は。



水槽の湿気も相まってもう汗だく。








でも楽しかったし、何よりライブ後、ポスターのサイン会をしてファンの方たちと交流できたのがとても嬉しかったです!




アクリル板は描くのが難しかったけど、何か次に繋がるヒントもあったと思います。









明日、8月8日は名古屋の金山でアーティストトークです。名古屋の人は是非聞きに来てくださいね!!






















隆介
Riusuke Fukahori









2015年8月5日水曜日

ライブペイント初の浜松、明日正午です。



とうとう明日、初浜松でのライブペインティングです。
正午から遠鉄百貨店新館8Fえんてつホールです!
斉藤尋己さんの演奏と一緒に描きます。不安もありますが、頑張るのみっす。

遠州人で見たい人は絶対絶対みてほしい!



深堀隆介
Riusuke Fukahori