2015年6月22日月曜日

宇佐神宮へ。


明朝、宇佐神宮へ。 この地域を知るためにも是非行ってみたいと思っていました。

豊後高田市から車で20分程で到着。


宇佐神宮は、伊勢神宮と並び歴史は古く、古事記などにもその名がでてくるほど。プライベートでも一度は行ってみたかった場所です。


向かう途中、周りの景色(海、山、田んぼなど)が、三重県の伊勢にそっくりなことに気づきました。なんせマネージャーの奥さんは三重県出身ですので・・・。




そしてマネージャーが面白いことをいいました。「宇佐(usa)と伊勢(ise)って音が似てる」僕は、『あ!!!ホントだ!!』漢字が邪魔をして気がつきませんでした。






もしかすると宇佐の民族が宇佐に似た地形を探して伊勢に辿り付いたのかもしれません。
海からの位置や方角など宇佐と伊勢は似ています。






境内は、とても涼しくて霊気が漂う場所でした。
途中、禊(みそぎ)をする場を掃除するおばちゃんがいたんですが、とても神聖に見えて、神宮とは不思議な場所ですね。日本人の感性を刺激します。








神宮を出て、帰りみち、近くに凶首塚古墳という古墳があると知り行ってみました。

明日香村の石舞台古墳に似ています。石舞台同様、当初本当はあった盛り土をはがされたものと思われます。

名前からも推測できるように、滅ぼされた民族の王様の古墳ではないかと思います。










そのすぐ下にものすごく気になる小さな神社がありました。入ってみると先住民の隼人民族の魂を鎮魂するための社だそうで、みると神殿には、呪縛するためのしめ縄がかかっていました。





外に出てふと見ると、まっすぐの道で、遠くに宇佐神宮の鳥居が見えました。






調べるとここは勅使街道いう道でした。天皇の勅使一行が通るための道です。

この道、東からではなく西から入るというところも気になるところです。(東は太陽の昇る方角なので生まれることを意味し神聖な方角。西は日が沈む方角なので死を意味する方角。と僕は思っています。)









豊後高田のすぐそばに、このような歴史の重要な遺跡があるんです。でも宇佐と豊後高田は、豊前と豊後の国境だったので、今でも国が違う感じがしました。





深堀隆介
Riusuke Fukahori
























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